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ドゥオード・パレス・ホテル
ドゥオード・パレス・ホテル

历史

ヴェネツィアドゥオード・パレス・ホテルは、情緒あふれるサン・マルコ地区にひっそりと建つ17世紀の歴史的建築を利用したホテルで、サン・ファンティーノ広場、高名な図書館アテネオ・ヴェネトフェニーチェ歌劇場にも至近です。

ここ、古い歴史をもつサン・ファンティーノ教会の隣に建つアテネオ・ヴェネトは17世紀より聖母マリアの名を冠したキリスト教信者会の本拠地となっていました。この信者会は絞首刑に処される死刑囚へのつきそいにその活動を捧げているため、“裁きの聖母マリア信者会(コンフラテルニタ・ディ・サンタ・マリア・デッラ・ジュスティツィア)”の称号をもっています。

このような立派な奉仕活動が行われる横で、隣接の建物には当時の有名な“コルティジャーナ(高級娼婦)”の姉妹、アンナ・ヴィドーニとベッティーナ・ヴィドーニが“営業”を行っており、裁きの聖母マリア信者会は堅実な隣人を求めて彼女たちと常に衝突していました。 そして事件が起き、当時それは大いに哄笑を呼び、ヴェネツィア中に皮肉な風刺詩として広まりました。 “偉大なる囁きと盛大なる喧噪は、今日では罪人の家と罪人のために祈る者の家に挟まれた建物の宿命である

この広場より数分のところにある閑静なミネッリ小路にて、ドゥオード・パレス・ホテルの客室がお客様をお待ちしております。この小路の名は、マッカレッリ家の娘と結婚して1650年末には小路、小広場、ソットポルティコ(建物の中を通り抜ける小路)を所有するに至ったベルガモ出身の一族に由来しています。

ミネッリ小広場は、1381年にロレンツォ・ジュスティニアン(ヴェネツィアで初めて総大司教となった人物)が、まさにこの場所で誕生したと伝えられることから、かつてはカ・ジュスティニアン(ジュスティニアン邸)と呼ばれていました。ここでは18世紀末にもトルチェッロ島、ヴェローナ、パドヴァで司教を務めた福者ニコロも誕生しています。


ドゥオード・パレス・ホテル